ニュース

豊島区政12年のまちづくり!

小林俊史の区議時代の姿も

綴っていただいています。

 

著者:溝口禎三さん

本紙「都会のふくろう」連載中

 

全国書店で販売中です。

元気なNPOを応援しよう!

  

故郷の復興の為に尽力したい!

「復興ぞうきん」

SAVE IWATE東京支部

ボランティア団体「SAVE  IWATE」のメンバー
ボランティア団体「SAVE IWATE」のメンバー

 3.11のあの東日本大震災から約1年が経とうとしている。そんな中、支援物資として送られてきたタオルを使い岩手県の被災者の方々が手縫いした「復興ぞうきん」が今注目されている。

毎月、第2日曜日に池袋第2公園(池袋図書館前)で開催されている「えんがわ市&リサイクルフリーマーケット」でも大人気だ。あっという間に売りきれてしまうという。フェイスタオルを三つ折りにした1枚を300円で販売している。そのうち200円は雑巾を縫った被災者に、100円は被災地復興のための活動費となる。

次回の販売は212日の1114時。

 この「復興ぞうきん」の活動に取り組んでいるのが岩手県のボランティア団体「SAVE IWATE」。10月に東京支部ができ、支部長・佐々木敦斗さんは「被災者の方々は日々慣れない仮設住宅での暮らし、また仕事を失った方々は漠然とした不安を抱えている。そんな被災者の方々が何かに没頭することが出来れば」と復興ぞうきんのプロジェクトが始まった経緯を語る。佐々木さんは岩手県出身。東日本大震災では父方の実家がある宮古市が被災したという。

刺繍も愛らしい「復興ぞうきん」
刺繍も愛らしい「復興ぞうきん」

 出来上がった「復興ぞうきん」の包み紙には、制作者の氏名と出身地が記されている。シンプルな刺し子模様から、愛らしい花の刺繍などどれもこれも一人一人の心がこもった手作りのぞうきんばかりだ。これまでに約12000枚の雑巾を生産。縫い手さんの登録数は100名に達した。現在、予約が1500件もあり「材料となるタオルや糸が不足している。みなさんのお手元に眠っているものがあれば送ってほしい」と佐々木さんは言う。

 

「SAVE IWATE」東京支部長・佐々木敦斗さん。
「SAVE IWATE」東京支部長・佐々木敦斗さん。

 

不要のタオルを

     送ってください■

 

 タオル(新品のもの・ブランドタオルのような厚手でなく無地、あるいは企業名が入った薄手のフェイスタオルをお願いいたします。白色以外でも構いません )

木綿糸 (デザイン的な縫い方もするため、カラフルな糸も求めております)、刺繍糸、刺し子糸、チャコペン (白以外の色)、針 (縫い針、刺繍針、刺し子針 まち針)、糸通し、糸切りバサミ、指ぬき、角へらなど。

【送り先】

171-0043

豊島区要町2-5-5 岩手県学生会館内 東京支部

 

【開館時間】月土曜日 917

【問い合わせ】090-7930-1252 佐々木敦斗さん


地道で丁寧な仕事が定評

自立支援センター「まめの樹」

「カフェまめのき」の前でスタッフたち。左から佐藤舞優さん、清水沙恵さん 安田みゆきさん
「カフェまめのき」の前でスタッフたち。左から佐藤舞優さん、清水沙恵さん 安田みゆきさん

 24日に勤労福祉会館で「社会貢献活動見本市」が開催された。その参加団体の中で「創発としま賞」を受賞した自立支援センター「まめの樹」を訪ねた。

ここは、様々な障害を持った方々の働く機会を増やしたり、理解してもらうための幅広い支援活動を行っているNPO。特定非営利活動法人ワーカーズコープの一部で、就労継続支援A型事業所。「就職したいが自信がない」「就職先が見つからない」とい方々が社会で自立して働けるように支援している。

 現在、登録しているメンバーは35人。地域で自立していくための作業能力を基礎から実につけるように訓練、そして生活指導をしている。作業内容は清掃業務、印刷、封入、発送、テープ起こし、ファイリング、データ入力など。コツコツとした地道な作業、几帳面で丁寧な仕事ぶりには定評がある。23年間ほど仕事を続け、十分に力をつけたメンバーは外部の就職のための支援をする。「一緒にハローワークに行くときは本当に嬉しいです」と職業指導員の安田みゆきさんは言う。


新規事業でメンバーの能力開花!


木のぬくもりが感じられる店内
木のぬくもりが感じられる店内

 また、2010年10月に新規事業として「カフェまめのき」をオープンした。要町1丁目の交差点からすぐのところに愛らしいカフェだ。ここで調理補助や接客の能力を身につける。店内に入ると意外と広々としている。壁面にはメンバーが描いたというイラストが飾られている。メンバーの能力もさらに開花という感じである。見ているだけで、ほっこりとした気持ちになる可愛い作品の数々。メルヘンの世界に入ってしまった!そんな感覚になる。定期的にぬり絵展も実施しているという。なつかしのナポリタンの味はまた格別である。

 

【読者特典】豊島の選択の読者にはフードを注文するとセットドリンク一杯を無料サービス。

店内に飾られたメンバーが描いたイラストが目をひく
店内に飾られたメンバーが描いたイラストが目をひく

 

「カフェまめのき」

豊島区要町1-14-1 電話03-5917-5155

(営業時間は平日と第2,4土曜日1116時 休みは第1,3土曜日 日曜日 祝日)

 

【問い合わせ】

豊島区西池袋5-26-16CHIBAビル5

電話03-3973-8711

ファックス03-5917-5335

mamenoki@roukyou.gr.jp

※平成229月に大塚(豊島区南大塚2-31-8 潮田ビル5)にも新事業所が出来た。



 

江戸の巣鴨にタイムトリップ 意外な“謎”にせまる

巣鴨の街並み


“おばあちゃんの原宿”といわれ、特に毎月四の日には巣鴨とげぬき地蔵、万頂山高岩寺のご本尊、延命地蔵の縁日で大変な賑わいを見せる巣鴨。

ところで巣鴨、染井と言えば植木屋が多く、例えばこれからの季節に美しいソメイヨシノというこの土地から名をつけた桜がある事も有名な話だ。一方、江戸時代、とくに文化文政の頃は遠くからも巣鴨は菊を見るために、遠路はるばるからに人々が来るほどに菊作りで有名だったところでもある。今回はそんな植木屋が多かったと言われる江戸の巣鴨にタイムトリップ。遺物から分かる意外な“謎”にせまる。

 

巣鴨という地名は古くから存在している。古代(奈良時代頃)以降に豊島郡が成立し、現在の巣鴨周辺もこれに属していると言われる。石神井川、谷端川が流れあちらこちらには州があったところから古くは洲鴨、須賀茂、須賀母、菅面、洲處面などのように土地の地形や様子からきた名前のようである。慶長9年には江戸五街道の一つ中山道に沿って栄えたところだ。

 

「巣鴨町軒別絵図」から分かる人々の暮らし

 

 さて、文久元年(1861)の「巣鴨町軒別絵図」という史料がある。これは、幕末186111月に皇女和宮が降嫁する際、行列人員が多数であったため本来宿泊予定でなかった巣鴨町に宿泊することになり、急遽、名主政右衛門が板橋宿の代官に提出するまで三日で仕上げた絵図だと言われる。内容を見ると合計238軒の居住者と持家か借家などの家の所持状態、家が広いものにはマル印がつけられている。場所は移ってはいるが、現在もある和菓子店「福島屋」の祖先である「菓子屋弥三郎」と書かれてある。当時巣鴨に住んでいた人々の状況が分かる貴重な史料である。

 当時の巣鴨町は板橋方面から上組も上中組、下中組、下組の4ツに分かれていた。巣鴨口では下中組と下組の向いに武家屋敷が並ぶ片側町となっているのが特徴である。最も板橋寄りに位置する上組には様々な職業の人々が生活していた。巣鴨というと植木屋の名所ではあるが、鍛冶屋、青物商売、飲食業といった多様な業種のあとを見ることができる。

上中組にある中山道を横断する排水路を超えると片側町となり左手は武家屋敷が軒を連ねる。見つかった飲食器も古九谷様式、京焼などの高級な皿や煎茶器など当時の武家屋敷での優雅な生活が偲ばれる。


植木屋の土地から発見!

料理屋のような遺物発見の謎とは?


 さて、下中組から下組にかけては植木屋が目立つ。「巣鴨町軒別絵図」によれば238件中20件が植木屋と記されている。藤和シティホームズ巣鴨地区は植木屋弥三郎家と推定。また桃花源・友泉ビル地区は中山道沿いの下中組にあたる植木屋の保坂四郎左衛門の敷地であったと思われる。保坂家は巣鴨村開発の草分百姓であり本家より分家して四郎左衛門が菊の栽培を中心に植木屋を営んでいた。

写真1
写真1

出土した植木鉢の多くは土製のもので、瓦質の植木鉢(写真1)は菊栽培に用いられたと思われる。また半同甕(写真2)はそもそも植木鉢として生産されたものではないが、底に穴をあけて桜草を育てて鑑賞したと言われる。

写真2
写真2

しかし遺物からは植木屋のイメージとはほど遠い遺物群が出土している。なんと飲食に使ったと思われる皿や鉢が大量に発掘されている点が面白い。「巣鴨町軒別絵図」などの文献を調査した結果、飯屋の平右衛門が植木屋の一角の土地を借り、菊見物などのお客にむけて飲食店を営んでいたことがわかる。江戸時代の巣鴨もまた街道を行きかう人々で賑わいをみせていたのだろう。(右上へ)

 


(左下から)

 

■ 巣鴨は水はけの良いところ  菊作りに最適 

 

巣鴨は水はけの良い土地で花卉や植木で知られていく。巣鴨の菊作りは吉宗の元文寛保のころから始まり、十代家治の時には菊といえば「巣鴨を第一とす」というほどになり、菊を見るために人々が蝟集するようになったという。駒込・巣鴨地域には、藤堂家の下屋敷や六義園といった大名屋敷があり、これらの屋敷の庭の造園をするために植木屋もこの近辺にたくさん住んでいたといわれる。これらの植木屋が園芸植物の栽培のための庭をつくり、花ざかりの季節には、江戸から花見のお客が多く集まり名所となるのだ。

中でも文化8.9,年頃になると巣鴨の菊作りはより盛んになる。初期には花壇への寄せ植えである「花壇造り」だったが、次第に「形造り」という技巧をこらした富士山や白象、舟などの形を作り、接ぎ木をして違った花を咲かせるような工夫もあり、人々がより多く集まるようになった。

噂は噂をよんで菊の形造りは小石川や根津の植木屋にまでおよび、巣鴨では中山道に沿って三十軒にこの形造りの菊が並べられた。菊見物は江戸の人たちの楽しみで番付や双六、案内図なども売られたようだ。


藤堂家出土
藤堂家出土

 

■ 幕末の中山道巣鴨町を三次元再現!

 

中央大学 理工学部 土木工学科(現在都市環境学科)都市システム研究室・田中聡志による卒業研究で中仙道巣鴨町(現・地蔵通り商店街)の三次元再現を行っている。これは絵図等の文献史料を主な根拠に復元を進めたもので精確な位置情報の取得には「としま遺跡調査会」の発掘調査成果を活用している。

「今後はよりリアリティをもたせるためにこうしたデータを元に、いろいろな方々のご協力を得ていきたい」と都市環境学科の谷下教授は言う。

 

→「幕末の中山道巣鴨町三次元再現 」はこちら



 

【取材協力】

  NPO法人としま遺跡調査会

 

170-0002 

東京都豊島区巣鴨3-8-9 巣鴨複合施設201号室

 ★現在、賛助会員を募集中。

 

問い合わせ 

TELFAX 03-3915-6962

-mail   tics389@a.toshima.ne.jp


 

心身健康!一緒にやろうよ

車いすツインバスケットを体験してみよう!

豊島区体育協会

NPO法人 豊島区バスケットボール協会

 高さの違う二組のゴール(3.05mと1.20m)を使うために、高いゴールでは届かない人も得点できるようにしています。 下肢のみではなく、上肢に障害を持つ方でも参加できるように考案されたスポーツです。また、ゴールの周囲には3.6メートルの円(フリースロー・サークル)があり、シュートする選手を円外と円内に区別することで、選手によってそれぞれシュート方法が異なり、独自の役割をゲームにおいて果たすことができるようになっています。

 毎月、第2と第4の土曜日(15301800)に豊島体育館でツインバスケットの時間を用意しています。障害を持つ方だけでなく、車いすに乗ったことのない方でも乗り方をお教えして一緒に楽しんでいただけます。

  最も勝敗を左右するのは、選手間のパスワークです。お互いの状態をしっかり把握し、それに応じた正確なパスが必要です。声を掛け合い気持ちを通じ合わせることがポイントになります。

 指導員がおりますので、ぜひともご参加ください。

(宗田昭弘理事長・談)

 

※バスケットボール協会は年4回の定期大会(現在・男子48チーム、女子13チーム)に加え、45歳以上のエバグリーンリーグ、60歳以上のVSOPリーグなどにも力を入れている。

勤労福祉会館の1階で食堂を経営されている背の高い方が宗田理事長。

優しいオジさんです。


心身健康!一緒にやろうよ

早朝テニスで一日を爽快にスタート!

豊島区体育協会

豊島区テニス連盟

 秋晴れの日曜日、サンシャインに近い豊島区体育場の4面コートでは、連盟主催の「ベテランミックス」テニス大会に参加の皆さんの元気な声が響いていた。

 50歳以上の男女のダブルスがチーム対抗で競うゲーム。当日くじ引きで決めた即席ペアも見事なペアワークを発揮して、1セットごとにチームの勝敗も入れ替わるような大接戦だ。

 テニス連盟では、春の都民大会、秋の区民大会にはシングル100名、ダブルス150組ほどの参加があるが、これに加え、連盟内のメンバー同士の大会にも力を入れている。

 最近加入したというTさん、山手通りのハタスポーツプラザがなくなったので場所を探していたところ、早朝練習会を知って加入したと言う。連盟には在住チーム、在勤チームの団体加盟のほか、こうした個人の方も早朝練習会を通して入っている方も多いそうだ。

 早朝練習会は、毎週、火・木・土曜(+奇数週の日曜)朝7時~9時。決められたレッスンではなく、その日、来た人が交代しながらコートを使う自由制とのこと。自分の時間で入出してもよい。 

 朝のテニスで軽く体を動かして爽快に仕事に向かうのは、気持ちよさそうだ。


早朝練習会へのお問い合わせは宮久保理事長へ

090-4597-0475



   

豊島の伝統文化の継承を

「すすきみみずく保存会」


すすきみみずくは雑司ヶ谷の鬼子母神の参詣土産として江戸時代から伝わる郷土玩具。昔、くめという貧しい孝行娘が母親の病気快癒の願掛けに毎夜お参りしたところ、鬼子母神があらわれ、そのお告げにより作って売りだしたのが評判となり、幸せになったという民話も語り継がれている。

 ところで、20105月、「すすきみみずく」の最後の作り手であった「音羽屋」の岡本冨美さんが、高齢のため店じまいすることになった。「江戸時代から続く郷土玩具が消えてしまう」と保存継承の危機を感じた地域の町会や商店街の有志が立ち上がり、保存会発足のため動き出した。雑司が谷の文化と歴史を活用したまちづくりプロジェクトを進めていた区も協力して、2010928日、鬼子母神の本坊である威光山法明寺住職である近江正典さんを会長に「すすきみみずく保存会」が発足した。


完成した「すすきみみずく」。熟練で専門の方々が制作したすすきみみずくは、鬼子母神参道の「雑司が谷案内処」でも販売されている。
完成した「すすきみみずく」。熟練で専門の方々が制作したすすきみみずくは、鬼子母神参道の「雑司が谷案内処」でも販売されている。

 

「ふくろう」が結んだご縁

 

 しかし、いざ講習会を開催するためには素材となるススキが大量に必要となる。高野之夫豊島区長が姉妹都市である秩父市の久喜邦康市長に調達場所の斡旋を要請し、農政課の協力により、保存会メンバーが秩父市で約25000本のススキを採取した。

秩父市と豊島区は昭和58年に姉妹都市提携を結んでいる。また、平成21年には、交流と連携促進のため、池袋のマスコット的存在であるフクロウと、秩父市の観光名所秩父神社の「北辰の梟」に因んだ「ふくろう協定」を締結している。

 まさに「ふくろう」が結んだご縁で秩父市のススキで「すすきみみずく」を作るという取り組みがスタートしたということになる。しかし刈り取られたススキはすぐに使えるわけではない。丁寧に皮を剥き、乾燥処理を行ってから初めて活用される。(右上へ)

 

 

(左下から)

講習会で指導する副会長・長島秀臣さん
講習会で指導する副会長・長島秀臣さん

地道な研究と丹念な作業

 

 すすきみみずくの制作指導には副会長・長島秀臣さんがあたっている。「昔、幼い頃に親戚がお土産に持ってきた“すすきみみずく”がとても心に残っていた」と長島さんはみみずくとの出会いについて言う。「すすきの穂が一体何本使われているのか?」「耳や目玉は何から作られているのか?」と「音羽屋」さんのすすきみみずくの作り方をひたすら研究したという長島さん。ひとつひとつ丹念に調べるという地道な作業が始まった。

会長の法明寺ご住職・近江正典さん
会長の法明寺ご住職・近江正典さん

「実は制作工程を長島さんが全て写真で記録していたことがすすきみみずくを製作するのに大いに役立ったんですよ」と会長の近江正典住職は言う。

 

保存会ならではの「すすきみみずく」づくり


制作途中の「すすきみみずく」
制作途中の「すすきみみずく」

 「すすきみみずく」1体制作するのには慣れれば20分ほどで出来るという。作り方もススキの穂先などはしっかりとタコ糸で縛っていくなど保存会ならではの工夫が随所に見られる。そしてクチバシ、耳などは経木を絵具で染めたもの。また目玉は何とトウモロコシの芯で出来ているという。きび芯を円い目玉の形に乾燥させるための工夫がなかなか難しいそうだ。講習会の参加者は地元の人をはじめ「すすきみみずくが可愛くて大好きだから!」と埼玉県からという参加者もいる。「作った人になんとなく似てくるものですよ」と長島さんは笑った。

 

「すすきみみずく」作り講習会に参加してみませんか

 

 現在、保存会では、製作技術を伝承していくための講習会を毎月第一日曜日(午前10正午)に「法明寺みみずく会館」で開催している。8月のお盆休み、9月きすすきの収穫、また10月は鬼子母神の御会式の為休みとなる。

4カ国語の池袋ガイドマップで

【申し込み・問い合わせ】

法明寺内雑司ヶ谷すすきみみずく保存会事務局

電話03-3971-4383 

ファックス 03-3971-7134

 


 

「WELCOME to IKEBUKURO」

「池袋インバウンド推進協力会」

 東京に観光で訪れる外国の方にもっと池袋の魅力と利便性をアピールし知名度をあげよう、と池袋のホテルやデパート、量販店など9社(東武百貨店,西武百貨店,サンシャインシティ,ビックカメラ,東急ハンズ,マルイシティ,ルミネ,サンシャインシティプリンスホテルおよびホテルメトロポリタン)が集まり、月1の研究会を続けている。

 ホテルの宿泊客はどの国の人が多くなっているか、アジアの人に売れている商品は何か、問い合わせの多いスポットはどこか、など各々の情報を持ち寄り、池袋の集客力を高めようとする取り組みだ。

昨年、豊島区観光協会の協力も得て作成した「池袋ガイドマップ」(無料)はその第一弾。

中国語(簡体字・繁体字)、英語、韓国語の4カ国語で施設案内を入れ、「家電製品」「化粧品」「衣類」「アニメ」「文房具」や、ホテルで問い合わせが多いラーメン、牛丼、100円ショップの案内、割引券をつけるなど、池袋の特徴を生かした内容を記載して外国のお客様に大好評だという。すでに昨年中に2回の増刷をした。

写真右:会長の塩島さん 写真左:事務局の高田昌子さん(ホテルメトロポリタン マーケティング部営業企画マネージャー) 「ガイドマップを持って食べにくる外国のお客様が増えたので中国語や英語のメニュー表示を増やしたというラーメン店さんもあるんですヨ」
写真右:会長の塩島さん 写真左:事務局の高田昌子さん(ホテルメトロポリタン マーケティング部営業企画マネージャー) 「ガイドマップを持って食べにくる外国のお客様が増えたので中国語や英語のメニュー表示を増やしたというラーメン店さんもあるんですヨ」

「観光インフラの充実は、観光集客だけでなく、その波及効果や付加価値効果も期待できる。行政や地域の方と連携しながら、もっと池袋の良さを伝えていきたい」と塩島賢次会長(ホテルメトロポリタン総支配人)は語る。

 研究会では会員企業の企画担当者同士が顔を合わせ、積極的な意見が飛び交っているそうだ。今春には、訪日する外国客の出発地で配布する「池袋ガイドブック」を考案中とのこと。

 池袋を牽引する企業メンバーの活躍に期待したい。


 

まちづくり最前線

幹線区道をコミュニティ道路に改善提案

…目白地域協議会

 このたびの区議会第四定例会で目白古道(仮称)整備事業の調査経費300万円が補正予算で計上された。これは地道な区民活動が生み出した「まちづくり提案」が緒についたもの。活動の経緯を追ってみた。

町会長も住民も議論中
町会長も住民も議論中

 目白地域で二年前から始まったのは、目白二丁目の明治通りから目白駅をはさんで三~五丁目までに通じる通称「目白古道」を歩車共存の生活道路として改善整備する取り組みだ。

 この道路は、地域外の通りぬけ車が極めて多いうえ、来年9月からは、目白小建て替えに伴い5丁目の旧真和中仮校舎に生徒の歩行による登下校が増えると予想されることから、朝の通勤通学時の人と車の集中による危険を無くそうと住民が考えたもの。道路構造の改善で通り抜けを減らし、車のスピードを落とさせ、歩行者が安心して歩ける環境を取り戻す方策を提案するとして始まった。

 これまでに沿道地域の全ての町会とまちづくりグループによる検討会「目白地域・みちとまちの会」のもと、区土木部のオブザーバー参加を得て調査研究を自発的に行ってきた。この経費支援を受けるため、国交省の「住まい・まちづくり担い手事業」にも応募し、その中間報告として開催した今年1月の「目白まちづくりフォーラム」では、区長からセーフコミュニティにふさわしい調査と評価され、区議会本会議でも取り上げられたことがある。

 その後、今年6月には下落合を含む目白地域の町会、商店会、地域団体など幅広い関係者による協議体として「目白地域協議会」(会長・伊藤真 目白山紫町会長)を発足し、具体的に「コミュニティ道路検討委員会」(委員長・柴田知彦 目白まちづくり倶楽部代表)を設置、委員会は毎月第一月曜に開催(公開)、これまでに安全策の研究や通行量調査、他地区モデル地域の視察などを積極的に行い、今秋、改善整備の実施に向けて区へ要望書を提出した。

 検討委員会の資料によれば、通行量調査では、

1、朝時間の法定の30km越違反40%以上、昼時間80%以上

2、通行車の2/3以上が他地域からの通りぬけ車両

が判明。、またコミュニティ道路に改善する (車速を下げる方法例として

1.車道巾を最少、歩道巾を最大に

2.仕上げ・色による歩車道の明確な分離

3.交差点を強調する路面表示・狭窄と横断歩道表示

4.直線部はフォルト(歩道の部分突出)による交互狭窄

5.入口で車両規制(地域外車両の進入時間規制など)

などを挙げている。

 

公民連携のモデルの好例として今後に注目したい。



 

日頃の活動を十二分に発表!

第6回

「社会貢献活動団体見本市&交流会」


 NPOやボランティア活動をしている団体がその成果を発表できる場をということで平成19年から始まった「社会貢献活動見本市」(主催 豊島区・NPOとしまNPO推進協議会・豊島区 区民活動センター)

今年は第6回目を迎え、24()に豊島区勤労福祉会館で、地域で活躍中の48団体、16協賛企業協賛団体2団体が参加。地域課題解決のために活躍する「NPO法人」や「ボランティア団体」、「CSR推進企業」各団体が作成したパネルが展示。日頃の活動の成果かを発表。会場内は活発な情報発信が行なわれた。(右上へ)


(左下から)

受賞に万歳!「NPOささえ手」
受賞に万歳!「NPOささえ手」

 東京音大によるミニコンサート、ダンスなど各種パフォーマンスも披露された。また、社会貢献活動をテーマとする記念シンポジウム「東日本大震災 復興支援にどうかかわっていくのかを考える」ではパネラー、参加者ともども活発な意見交換をして会場内が熱気に包まれた。交流会では『「としまの記憶」をつなぐ会』主催の映像コンテスト、「パネル展示優秀賞」の表彰式が行われ歓声に沸いた。