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豊島区政12年のまちづくり!

小林俊史の区議時代の姿も

綴っていただいています。

 

著者:溝口禎三さん

本紙「都会のふくろう」連載中

 

全国書店で販売中です。

掲載順

 

渡邊裕之さん(豊島区観光協会副会長 渡邊建設株式会社代表取締役社長)

酒井雅敏さん(南大塚ネットワーク代表代行 株式会社大塚青木商店専務取締役)

島村高彦さん(豊島区議会副議長)

ソメイヨシノ桜の観光大使(第3代)
・川島里佳子(かわしまりかこ)さん 立教大学在学中
・小守由希(こもりゆきこ)さん 立教大学在学中
・西島来美(にしじまくるみ)さん フェリス女学院在学中

伊部知顕さん(ロサラーンド株式会社 開発部長)

新倉弘識さん(東京商工会議所豊島支部青年部長 株式会社タカサゴ取締役)

鈴木正美さん(東京商工会議所豊島支部会長・株式会社末広サービス代表取締役会長)

齊木勝好さん(豊島区観光協会・株式会社新光商事・代表取締役会長)

里中郁男さん(豊島区議会議長)

脇龍太郎さん(豊島産業協会会長・中央理化工業株式会社代表取締役会長兼社長) 

鈴木孝雄さん(豊島法人会会長・株式会社中西商會代表取締役社長)

寺田晃弘さん(豊島区民生委員・児童委員協議会会長)

高野之夫さん(豊島区長)

鈴木誠一郎さん(株式会社サンシャインシティ代表取締役社長)

田村和久さん(巣鴨信用金庫理事長)
澤田博司さん(日本ホテル株式会社 代表取締役社長)
近江正典さん(法明寺ご住職)
吉岡知哉さん(立教大学総長)

齋木勝好さん(豊島区観光協会会長)
長澤広幸さん(東京商工会議所豊島支部事務局長)
齋藤雅人さん(豊島区セーフコミュニティ推進室長)

平山知子さん(伝統の池袋和服散歩の会会長、豊島区観光協会常任理事)
木崎禎一さん(巣鴨地蔵通り商店街振興組合 青年部顧問)

久喜邦康さん(埼玉県秩父市長)

蛯子真理央さん(画家)
城所信英さん(南大塚ネットワーク 有限会社キドコロ代表)
髙村光朗さん(高村紙業株式会社常務取締役)
柳田好史さん(としまNPO推進協議会 代表理事)

富澤弘治さん(エニータイムとみざわ代表)

石森宏さん(NPOゼファー池袋まちづくり理事長) 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新しいものを生み出す力」とともに発展を


渡邊裕之さん

(豊島区観光協会副会長 渡邊建設株式会社代表取締役社長)

 

 これから何をするのかを明確にしている人のメッセージには力がある。それに共感する人の集まりが組織(ネットワーク)になり、発展の原動力になる。 
豊島区の世界へ向けた「安心・安全都市」の宣言への取り組みを見て、まさに「まち」も同様だと確信した。
 川崎市は「先端医療開発特区」として、慶應大医学部などと組み、国際化の進展が見込まれる羽田空港対岸地域にライフサイエンス分野の先導的な研究開発拠点を形成するとした。
世界的な名医が集まるその研究成果を市民福祉の向上や産業の活性化に活かし、国際社会への貢献につなげることをめざすという。
 私たちはどんな特徴を出せるのか。
 日本一の高密都市と言われるずっと前から、このまちは人々の集積と知恵の交錯によって輝いてきた。植木職人の技術の研鑽、自由教育学校の実践、芸術家の果敢な発信、商業施設や形態の展開など、いずれの時代も先駆的な新たな創造を示してきた。つまり「新しいものを生み出そう」というパイオニアたちの歩みを育て発展してきたのだ。
 新しいものには、常に昔の原型の要素がある。過去のいいものを見つけ出すことこそが創造の一歩だという。
 今、高成長しようとするアジアの国をはじめ、多くの外国から人が訪れている。彼らにとって「変わりきれていない」「懐かしさの残る」私たちのまちは創造力を掻きたてる格好の場かもしれない
 国際的な知恵の交流の時代に、私たちにある「新しいものを生み出す力」の蓄積とその可能性は大きい。(2012.2月号 新春インタビューより)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五感で楽しみ、憩えるまちづくりを


酒井雅敏さん

(南大塚ネットワーク代表代行 株式会社大塚青木商店専務取締役)

 

 大塚は、駅舎の改築、自由通路の開通、自転車駐輪場の整備など、永年の「まち」への願いが創出されている。
駅南口ビルの建設も本格的に始まった。完成は来年秋の予定で、地上12階建てで、シヨッピングセンターや、スポーツ施設、保育園にオフィスフロアーが入るという。
 さらに活発な人が集まる都心地区になっていくには違いないが、このまちの良さは、人と人とが触れあえること、お年寄りから子どもまで安心して憩える庭のような場所であることだと思う。
 大塚ブランドをテーマにする私たちの活動の原点はアナログ的な「五感で楽しめる」まちづくりにある。
 歩くにはちょうどよい細街路は格好の散歩道だ。樹木の息吹を感じる駅前広場から、都電沿いにバラの花の芳醇な香りを嗅ぎ、通りの両脇に見事に連なるサクラのトンネルを観賞し、音楽祭のまちかどライブでは心躍るメロディーに耳を傾け、馴染みの店でおしゃべりしながら心のこもった品や酒肴を味わって、パートナーと手をつないで家路につく。それは日常でありながら幸せを感じる思い出深い一日になるだろう。
 大塚だけでなく、豊島区は生活するにはとても便利で、それぞれの地域に居心地の良さがある。その良さを見つめ直して、もっと楽しめる仕掛けづくりをしてみたい。
 10年後、そして50年後も「都会のオアシス」と呼ばれるまちをつくること、それは私たちの世代の頑張りどころだと感じている。

(2012.2月号 新春インタビューより)

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

枠を超えてつながるチームパワーに取り組む

 

島村高彦さん(豊島区議会副議長)

 

 豊島区が「住民の行政参加度全国三位」と報じられた。あくまで一断面の数字を捉えたものにすぎないとは思うが、確かに地域の個々のまちづくり活動は盛んになっている。区と議会が目指してきた参加と協働の区政は、まちがいなく充実している方向にある。
 しかし、そうであっても社会の課題は山積みである。超高齢化社会における福祉をはじめとした諸問題に立ち向かうには、自治の力をバラバラでないチームパワーで発揮しなければならないと感じている。高齢者や女性が活発にならなければ、どんな社会も活発にならないというのが持論だ。
 町会や消防団、ボランティアグループなどさまざまな地域活動を通じて注目しているのは、そのための新しい試みがどのような支援があればうまくいくのかという視点である。現在、区が池袋本町・上池袋地区でモデル的に進めている自治推進の地域協議会のゆくえもその一つだ。
 枠を超えた地域人のつながりは、最初はうまくいかないこともあるかもしれないが、次第にお互いのことがわかって発揮されるチームパワーには限りない可能性がある。
 最近、母校明治大学の校友会支部活動にも参加し、会員開発担当幹事を引き受けたのはこうした学びの機会でもある。
 参加と協働の区政は次の段階を迎えているようだ。地域で元気なグループが、それぞれ枠を超えたつながりができるような道先案内をする時期が来ている。
 区民活動をつなげる機能をどう充実させていくか、じっくり取り組んでいきたい。

(2012.2月号 新春インタビューより)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソメイヨシノ桜の観光大使の方々は…


左から
川島里佳子(かわしまりかこ)さん 立教大学在学中
小守由希(こもりゆきこ)さん 立教大学在学中
西島来美(にしじまくるみ)さん フェリス女学院在学中

 

 今年2月から2年間活動する新・観光大使が決まった。区内外の行事で豊島の各地の魅力をPRしていく。

 

 三人の抱負は…

「桜の花は誰にでも愛されるように、子どもからお年寄りまで誰もが来て楽しめるのが豊島の魅力だと思います。
 バリアフリーのまちづくりにも興味を持っています」(川島さん)

 

 「私たちがまだ知らない素敵なところや素敵なお話がたくさん地域にあると感じています。若者たちが元気に活発になれる豊島区を知っていただけるようなイベントPRをしたいと思っています」(西島さん)

 

 「お客様とお店のアットホームなおつきあいが残っている豊島が好きです。商店街の人の良さやオリジナルの美味しいものを発見してお伝えできると思うと今から楽しみです。」(小守さん)

 

※ソメイヨシノ桜の観光大使は、イベント主催者側の「派遣依頼」によって各地に参加します。
詳しくは豊島区観光協会事務局まで
電話 3981―5849

(2012.2月号 新春インタビューより)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「観光都市豊島区」としての未来


伊部知顕さん

(ロサラーンド株式会社 開発部長)

 

 日本にとって重要な産業の一つは「観光」である。巨大都市東京は新宿、渋谷、池袋などの「小東京」の集まりといっていい。観光都市東京と言っても其々個性ある町の集積だ。そこで「観光都市豊島区」となるべくご提案を差し上げたい。
 豊島区を実際に歩いてみると、世界レベルの観光資源がたくさんあることに気づく。文化財としての建築もその一つ。自由学園明日館は、「近代建築三大巨匠」の一人、フランク・ロイド・ライトの設計だ。米国で彼の名を知らぬものはいない。特に欧米では建築家は尊敬され、医者や弁護士より地位は上との声もある。例えば立教大学の歴史あるキャンパス群、雑司ヶ谷宣教師館などと繋いでみると、世界レベルになり得る建築ツアーをつくることができるだろう。
 ツーリストはそこでしか体験できないものを求めている。地元に住む者にとっては、日常の生活に溶けこんだ、あたりまえに見える情景の中に魅力的なライフスタイルがあるかもしれない。そのような財を掬い上げれば、私たちの日常の場が、来街者には未体験の未知なる興味の舞台空間に変わる。そこで頻繁に繰りひろげられる各種の祭りやイベントも立派な観劇だ。
 一番大切なことはそのような財をどう世界に伝えていくかである。多様な言語での案内サインやソーシャルメディアの活用等、これからできる工夫は山ほどある。各国の大使館へのアピールや連携なども着手していい。顧客は世界にいる、いろいろなことができそうだ。そう考えると「ここ」にいることがうれしくなってくる。

(2012.2月号 新春インタビューより)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『夢サポート事業』は次のステージに続く


新倉弘識さん

(東京商工会議所豊島支部青年部長 株式会社タカサゴ取締役)

 

 東商の青年部を中心に、先輩たちが子供たちの夢をかなえるためのお手伝いとして始めた『夢サポート事業』は、十年目を迎える。 
 当初「将来の夢って何ですか」をテーマに5000名の絵を描いていただいたが、十年経つと、その頃の子がもう成人になりつつある。野球の工藤公康選手やサッカーのFC東京さん、ダンスの方々などいろいろなご協力をいただいてきたのは、子どもたちに夢のある職業選択の幅を広げていってほしいとの思いからだった。
 その若い人たちを迎える今の社会状況はどうだろうか。国際的な競争力、企業の体力、人口バランス、将来の見通しには漠然とした不安が残る。そして就職にせよ、結婚にせよ、確かな手ごたえが得にくい、生きにくい社会のようにみえる。
 昨年の震災後、世界中のアーティストによる被災者支援の音楽演奏会が現地で行われ、人々に「笑顔」や「元気」をもたらした。人に出会い、共感するコミュニケーションの大切さが改めて強く実感された。
地域社会の中で、将来を担う子どもたちの笑顔はなくてはならないものである。今年の青年部発足十周年記念事業では、そうしたコミュニケーションを大切にした事業を現在、企画中である。
 こういった活動が、郷土愛を育み地域の発展につながれば本望である。
 そしてまた、彼らが成長した時、あの頃の夢を元気よく追いかけられる社会を作るのは、私たちの「夢サポート事業」の次のステージの責任になるのかもしれない。

(2012.2月号 新春インタビューより)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

豊島区は豊島区民の手で守る! …区と「ワーキンググループ」の協働を


鈴木正美さん

(東京商工会議所豊島支部会長・株式会社末広サービス代表取締役会長)

 

 

 昨年の東日本大震災の経験は、あらためて地域の自治力を見直すことになった。今後、東京も大地震の被災にあう時が必ず来る。その時に備えた日常生活を取り戻す心の準備、被災を最小限にする体制の準備、企業活動を継続する準備を確かにしておくことが、この時代に生きている者としての責任である。
 自分たちの地域は自分たちで守るという意識が基本だが、現実にこれを実行するには相当の行動準備が必要だ。
「計画に書いてある」程度でなく、実働部隊の活動が地域全体で目に見えるようになっていなくてはならない。
このことは企業活動の基本にも通じている。新たなビジネスチャンスを開き、業務の質を高めていく要素とは、つまり実働レベルでの準備にいかに自信が持てるかであるからだ。
豊島区はどの地域もそれぞれに個性があるが、業務地域と住居地域が混在し、さまざまな人が集まってくる場であることは共通している。人が集まるところに人財は豊富だ。
地域と企業、あるいは学校など相互による「ワーキンググループ」を組み、実働イメージが区民に見える形で区と具体的な協働体制を実現されたい。
「豊島区は豊島区民の手で守る」を議会で決議していただきたいと申し上げるのは、それほど高い課題での取り組みだと信じるからだ。

(2012.1月号 新春インタビューより)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国際交流が活発になる時代…だからこそ「まち」のルールを考えたい

 

齊木勝好さん

(豊島区観光協会・株式会社新光商事・代表取締役会長)

 

 世界基準の「セーフコミュニティ」の認証を受ける意味は、国際的都市として「安全・安心なまち」と発信すること。 
 ますます世界からのお客様をお迎えし、都市交流も活発になっていくだろう。
 観光協会は昨年、スウェーデンを訪れWHOの国際会議に参加する経験を得た。また、協会50周年記念事業「お国自慢」では、被災した東日本を中心に国内の都市とも積極的な交流を図った。
 こうしたなかで、国内・国外いずれの都市からも感じられるのは、豊島区との交流・連携への期待がいまだかつてなく高まっていることだ。劇場都市・東京における「舞台」としての要請も多くなっている。その期待に応える責任がある。
 一方、都市交流では自前の観光資源の魅力を外向けにPRすることが重要だ。あらためて区内の観光資源をしっかりと見直していきたい。その地域にある歴史を大切にし、特徴を活かしていくまちづくりが必要だ。
 国際交流が活発になっていく時代であることは間違いない。多国籍の新たな人と人の繋がりができ、ネットワークが生まれていく。そうした時代を迎えるからこそ、誰もが一緒に「まち」をつくっていくという心を大切にする「地域のルール」を持ちたい。

(2012.1月号 新春インタビューより)


 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢を持ち、熱くなれる若者や女性を応援する地域づくり


里中郁男さん

(豊島区議会議長)

 

 WHOの「セーフコミュニティ」認証取得は、新たな安心安全の取り組みがスタートすることを意味する。取得した後からが大事。どんな効果が生まれているかの実感が、豊島区中に広まることで、区民一人一人の「安心」がより身近なものとしてとらえられていくと考えている。 
まさに区制80周年の年から始まるにふさわしい区民全体の運動になると期待し、議会を挙げてこの取り組みに尽力する。
 高野区長は「街で育つ、街が育つ」をよく口にするが、私も自分を振り返り同感である。地元で顔を合わせて育ててもらった周囲の方々への「おかげさま」の気持ちが、いつか地元を熱く思う「まちづくり」になる。それが地元の地域力を強くしていく。  
 特に若者や女性の地域での活躍の場を増やしたい。2~3人でもいいと思う。仲間が集まって、地域の将来像に夢を語り、行動を起こせば、その人たちが中心になり、起点になる。その刺激が必ず何か地域を良くすることにつながるだろう。
 地元に熱くなれる人を応援する地域づくりをすすめていきたい。

(2012.1月号 新春インタビューより) 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まちの憲章」づくりが次代のリーダーを生む

 

脇龍太郎さん

(豊島産業協会会長・中央理化工業株式会社代表取締役会長兼社長)

 

 この10年、高野区長の推進してきた「文化創造のまちづくり」は区内各界に浸透してきた。各地域で行う心の豊かさを大切にしたイベントが増えていることをありがたく感じている。
 グローバリゼーションの波による影響は産業界でも顕著だが、外に対してオープンになることは同時に、自らの内に持つ特徴や利点を際立たせる力の発揮が重要であることを示している。
 今、豊島区が取り組む世界基準の安心安全「セーフコミュニティ」も同様だろう。
 我が社の話で恐縮だが、大正10年の創業以来、特に社是社訓を設けず、社員一同「信」の一語を行動の規範に置く、としてきた。
 それが創業80周年を過ぎた頃、若手社員のみのチームで会社の憲章をつくるプロジェクトを始めた。チームでは議論百出のようであったが、時間をかけた社員手作りの憲章は、我が社にとって、ことさら大切なものとなった。そればかりか、この過程の中で、社員内で自然に次世代のリーダーを生み出していることに気づかされた。
 これからの時代、大きな世界を舞台にするには、逆に小さな組織や地域のことをじっくり考えてくれる人が必要だ。時間をかけても良い、地域から生まれるリーダーの育成に力を注ぐ区政に期待したい。

(2012.1月号 新春インタビューより)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

区内各地の文化と魅力を活かして多極型の発展構造に

 

鈴木孝雄さん

(豊島法人会会長・株式会社中西商會代表取締役社長)

 

 安心安全なまちとは、すなわち「住みやすい街」、同時に法人企業にとっても「働きやすい街」になることに違いない。
 豊島法人会は「納税意識の向上」と「地域社会への貢献」活動を積極的に展開することを主眼にしているが、地域に出て、それぞれのまちの方々と連携した事業を行えば行うほどこの豊島区の多様な地域の特徴にますます魅せられていく。
 一つ一つのまちに、そのまちの文化を支える人と法人活動が時を重ねて息づいていることがわかる。こうした多極型の都市構造こそがグローバリズムを超えるローカリズムの力ではないか。
 今年、本会は「社団法人」から「公益社団法人」の認定を受けて組織変更する。また、6月には「豊島法人会館」がいよいよ竣工する。これまでの先輩たちの活動に感謝するとともに、よりいっそう公益性の高い事業展開を進めていくことになる。
「会館」は4階層で各支部の会員の研究や交流の拠点としての会議室(20人+30人)機能のほか、1階には展示のできる「PRスペース」(42.5㎡)を設けた。各会員のビジネスチャンスを広げる広報活動の一助としたい。また、他団体や地域との連携の場としても活用を考えている。
 それぞれの地域に確かな法人活動が根づくことで、豊島区の魅力的な多極型都市の発展に貢献できればと願う。

(2012.1月号 新春インタビューより)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ますます重要になる民生委員と地域とのネットワーク

 

寺田晃弘さん

(豊島区民生委員・児童委員協議会会長)

 

 一昨年、我々民生委員が協力して調査した区の高齢者一人暮らし実態調査では、65歳以上の高齢者の37%が一人暮らしであり、23区の平均を大きく上回り、上位3番目に位置する高い割合であった。豊島区の大きな特徴といえる。
 これは比較的高齢者が一人でも住みやすい地域だと感じているからだろうか。実際、我々が訪問したところ、不自由さを感じさせず、気丈に暮らす高齢者も多いと思えることもある。しかし本当はどうなのか、区の施策の見地からも調べてみる必要がある。
 現在、区の民生委員は平均して一人615世帯を受け持っている。委員は243名の登録だが、定員からは9名ほど不足している状態だ。
超高齢化社会を迎え、施設入所の限界から、これからの10年ではグループホームマンションなど高密な都心でもさらに高齢者のみの世帯が増える傾向にあるのではと案じている。
また、震災における被災者確認も課題だ。加えて今は生活保護受給世帯もますます増加している。民生委員とNPOや地域とのネットワークで補完していくことがますます必要になると感じている。
 こうした民生委員の活動実態を知っていただこうと東京都民生児童委員連合会では今年5月12日の民生委員の日に大規模の啓発運動に取り組む。区内地域の皆さまにもご注目いただきたい。

(2012.1月号 新春インタビューより)


 新春の本紙企画は、高野之夫・豊島区長と鈴木誠一郎・株式会社サンシャインシティ代表取締役社長の会談をお送りする。
 

 WHOの「セーフコミュニティ」認証取得を目前にして、区政80周年から始まる新たな「まちづくり」のスタートをする豊島区長が、開設以来34年今なお集客力を向上させるサンシャインシティの運営の秘訣に迫る。

 

 

 

 

水族館オープンで今年度は来場者3000万人に復活
 

 高野区長(以下、高):昨年夏の水族館オープンのお客様はすごかったですね。エレベーターでさえ2時間から3時間待ちだったようで…
 鈴木社長(以下、鈴):オープン当初は予想以上のご入場をいただき、ご迷惑をおかけしました。その後、ツイッターで待ち時間をお知らせできるようにしています。何しろ我々が当初8月から年度末3月までの入場者数見込みとした70万人をオープン2か月で達成してしまったほどでした。おかげさまでサンシャインシティ全体の来場者も今年度は3年ぶりに3000万人台に回復する見込みです。
 高:2か月でですか!全面リニューアルは1年間という休業期間を伴うので、思いきった投資のご判断だなあと思っていましたが、これは大成功ですね。
 鈴…部分改装で、という考え方もありました。しかし、やるからには思いきってやる、確かな経営資源にするという判断で行いました。予定よりも3倍ほどの資金もかかりましたけど、経営資源の有効活用を優先したのです。
 高:サンシャインが完成した昭和57年頃、「ああもうこれで池袋は安泰だ」なんて思ったものでした。その後、時代の急激な変化がありながらも、あれから30年以上、サンシャインが今なお集客力を保っているのはたいへんなご努力だろうと感じています。
 鈴:地道な積み重ねを大切にしようと話しています。私たちの経営資源は何であるかを把握して、その収益源を効率的に使えているか、畑にきちんと手をかけて耕しているか、といったあたりまえのことをあたりまえにやるという意識と行動を大事にしています。

 

経営資源は「人」&パブリシティ(広報)は工夫が必要


 高:経営資源ですか。自治体なら「人」でしょうね。このたびの「セーフコミュニティ」はまさに区民全体の取り組みです。とりわけ、区役所職員2000人は自らがまちに出て、率先してこの課題に取組もうとしています。
 鈴:1+1=3の経営をと言いますが、要はボトムアップ型で、自然に動く「心持ち」が生まれているかどうかですよね。トップの鶴の一声では続いていかない。社員・職員から「LOVE サンシャインシティ」「LOVE豊島」という声が出るかが問われているのではないでしょうか。
 高:サンシャインでは広報活動も充実していますね。水族館のオープン前には、新しい催しの広報や準備の様子がよく伝わっていました。噴水広場ではいつも最新のニュースになるイベントが開かれることで有名です。
 鈴:自治体と企業の広報は少し違うかもしれませんが…「なんか面白いこと、ある」 これが私どものキャッチコピーです。このイメージどおりに楽しんでいただきたいという姿勢です。
 高:区でも昨年6月からは定例の記者会見を実施して、施策の説明を行っています。積極的な広報の工夫が必要だと感じているからです。広報で注目されると関係者の意気込みも違ってくるようです。
 鈴:池袋に初めてお越しになる方は、皆さん街のポテンシャリティー(可能性)を感じて驚かれます。「来てみると池袋ってスゴイなあ」という声を良く聞くのです。魅力的なスポットは工夫次第でたくさんあるように思いますが、多面性や雑多なイメージを先入観で誤解している方が多いと感じます。そうした意味では、今度の「セーフコミュニティ」を都市のキャッチコピーにして、そのイメージを実感できるように楽しめる場所を増やすことで大きく変わると思います。公園などへの少しの工夫はその代表的なものになりそうです。
 高:そういえば、丸の内のポケットパークは見事に整備されて憩いの場になっていますね。
 鈴:三菱一号館広場のことですね。丸の内のオアシスと呼ばれています。一号館が竣工した100年以上も前に咲いていたバラの品種を英国から取り寄せて咲かせていたりして、これも少し手を加えたマイナーチェンジの好例です。今度ご一緒しましょう。
 高:すっかり話が面白くなってしまいました。私は元来、楽観的な性格で、楽しすぎて大事なお願いを忘れてしまうところでした。11月のアジア地域セーフコミュニティ国際会議ではお世話になります。
 鈴:こちらこそよろしくお願いします。私の好きな言葉に「悲観主義者は、いかなる好機にも難点を見る。楽観主義者は、いかなる困難にも好機を見る。」というのがあります。
「セーフコミュニティ」の取り組みに期待しています。

 高:ありがとうございました。

(2012.1月号 新春対談より)

豊島区観光協会50周年記念 

顧問会議公開


『安全&安心なまちへ』民間の取組みを発表


 昭和36年7月22日に結成して以来、今年で50年を迎えた豊島区観光協会(齊木勝好会長)が、11月4日記念式典を開催した。
 式典に先立って行われた協会顧問会議では高野之夫区長による「災害と安全・安心」と題した豊島区セーフコミュニティ認証に関わる基調講演のあと、豊島区の各界を代表する5人の顧問から民間の取り組み状況が発表された。

(2011.10月号 1面記事より)

㈱サンシャインシティ
鈴木誠一郎代表取締役

 

18万坪の施設内は①バリアフリーと②多目的トイレの設置がほぼ完成した。また③AEDや④監視カメラも計画通り配備していつでも安全な商業環境を保っている。3月の震災時には⑤帰宅困難者の受け入れも行い、災害備蓄品の飲料水を大量に提供することができた。日頃の訓練の成果であると同時に、この震災時の教訓から⑥停電対応訓練を今年採り入れている。訓練では⑦テロ対策や⑧繁華街の混乱防止にも力を入れている。
また最近は⑨自転車駐輪の対応を区役所と連携して行ってきた。駐輪場を新設し誘導するなど官民連携の取り組みが成功している。
我々の安全安心施策は地道なものだが、行政と民間が相互にやれることを達成していくことでセーフコミュニティは確立していくと考えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巣鴨信用金庫
田村和久理事長

 

「チビッ子SOS」は各地域に点在している店舗を子どもたちの安全地帯・緊急避難場所として活用する取り組み。「急に雨が降った」「おなかがいたくなった」「家族に電話したい」「のどが渇いてしまった」「怪しい人につけ狙われた」などや、赤ちゃん連れのママたちにオムツ交換や授乳スペースとして、何かあったら行こうと気軽に店舗を利用してもらおうという制度だ。
豊島区を通じ、区内学校等への周知ポスターの配付も行なった。 店舗前が通学路で職員が「困ったときには来てね」と子どもたちに毎日声がけをしていたら、「2時50分のオジサン」として有名になった例もある。日頃から子どもと大人が会話を弾ませる効果も生まれている。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本ホテル㈱
澤田博司代表取締役社長

 

 ホテルはまさしく安心安全の上に成り立つ事業。日頃から細心の注意をかけている。
 震災の時には多くの帰宅困難者がホテルに身を寄せていただいた。我々が安心安全の拠点として認識されていることを改めて自覚したものだ。こうした災害時の連携にも積極的に関わっていく。
日常の取組みとしては、特に2008年からは池袋警察と連携し、防犯カメラなどで暴力団の利用が判明した際には隣にある警察署からすぐに応援が来るようになっている。おかげさまで今では暴力団が来にくいホテルとして定着した。
 豊島区が世界標準でセーフコミュニティに認証されることは我々もたいへん心強い。
さらに安心できるホテルとして訪日観光客へのつながりや信頼を強化することに貢献したいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

法明寺
近江正典住職

 

 お寺は300年も前からそのままにある。鬼子母神を含む樹木や空地の保全により、いまだに墓地の井戸水は飲料可能な清浄さを保っている。直径30センチの樹木で大人5人分の酸素の提供をしているという。まさに地域の環境面での安心ではないかと考える。
 「安全」は施設の改善で得られるが、「安心」は施設だけではできない。心のあり方を指している。「隣の人を信頼する」「地域に愛着を持つ」ようなことができる暮らしが「安心」
につながるのだろう。
 毎年10月のお会式は、世話人が一年間毎月集まって準備をしてくださっている。その交流が暮らしの助け合いになっている面がある。こうした人と人とのつながりを保つのもセーフコミュニティだと確信している。

立教大学
吉岡知哉総長

 

 豊島区のまちも、私たち大学も多様性や異質性を抱えている。いろいろなものが混ざり合うグローバリゼーションは安全・安心と一体でない要素があるということ。その中でセーフコミュニティを築き上げていくところに大学の知性の役割を感じている。
 キャンパスに15000人通う学院は、同時に駅のある街の大学として街と共に歩んできた。
学生には地域を自覚することが大事だと説いている。
 グローバルな人材を育成していくうえでも、池袋が学生街として充実させていくことは必要だ。
それはセーフコミュニティを実現する要素にもなる。地域と連携して、大学もその役割を積極的に果たしていきたい。


 

 9月初め豊島区観光協会は北欧スウェーデン・ファールン市で行われたWHO(世界保健機関)の第20回セーフコミュニティ世界会議を視察するツアーを開催した。
 来年度、東京で初めてのセーフコミュニティ認証を受けるべく準備を進める本区に世界会議の招待状が届いた。今回のツアーは、観光協会の50周年記念事業として、区民が世界の舞台でアピールしようという認証支援ツアーである。

 齋木勝好(観光協会会長)、長澤広幸(東商豊島支部事務局長)齋藤雅人(区セーフコミュニティ推進室長)の御三方に視察の感想を語っていただいた。 (写真は右からお名前順)
 

齋木:お二人はすっかりお世話役でしたね。お疲れさまでした。世界会議では、この運動の創始者のレイフ氏から直接レクチャーをいただくなど歓待を受けて感激しました。
長澤:全体会議でのご本人のスピーチ直前まで我々とご一緒いただき、熱心に都市の安全安心を実践することの大切さを語りかけていました。


セーフコミュニティは計画と目標と実践。都市は協働センター


齋木:レイフ氏は我々WHOは実践団体ではない。だからこそこの運動を始めたのだと言っていましたね。実践する都市は「協働センターの代表」という意識が重要だと。考えてみると我々が地元で地域連携が大切だと言うのと同じ意識だなあと感じて嬉しくなりました。齊藤:セーフ+コミュニティ、セーフだけなら行政の仕事と限定されがちですが、コミュニティ=協働・連携が加わることでまちに命が入るということですよね。
齋木:何も目新しいことをやるわけじゃない。今までの地元の思いをしっかり継続する計画と目標を持つということなんだね。それには、セーフを担う区と警察と消防がしっかり中心にいるということが不可欠だとレイフさんも強調していたね。


警察・消防としっかり連携する仕組みを


長澤:東商豊島支部の鈴木会長は、長く地元の防犯協会の活動を続けられていますが、この運動は警察・消防と区民活動がしっかり連携した形になるかどうかが成功の鍵だというレイフ氏の言葉に共感されていました。自ら実践者としてきた強い実感があったようです。
齋木:ベルゲン市長との懇談でもそのことは話題になっています。そういえば今の環境浄化運動もは当初は周りから「そんなの警察の仕事だろう」なんて言われたのを思い出します。


世界会議懇親会でのPRは女性が大活躍


齊藤:ところで、懇親会では一行の女性による豊島区PRが好評でした。観光パンフレットを参加者の皆さんに配っていただいて、各国の皆さんが会話を止めて「日本・豊島区」に注目していました。
齋木:あれは出発式の時からお願いしていたんです。今年6月、WHOの審査委員の方から「硬い顔をしないで」なんて言われていて、気づくとコワイ顔した男性ばかりが審査会に参加していたことに気づいたんです。それで、今回は女性を前面にと。長澤:とてもよかったです。お着物でいらした方は、テレビ局が撮影して当地のニュースで映していました。女性の方々もいきいきと交流されて楽しかったようです。

 

豊島でアジア会議を


齊藤:実はアジア地区セーフコミュニティ会議を豊島区で開催してほしいと高野区長がWHOから依頼を受けています。ちょうど区政80周年を記念する年でもありますし、本区で開催するアジア大会での認証取得を目指したいと思っています。
齋木:交流もセーフコミュニティの大切な要素ですからね。今回の視察で国際会議の主催都市が観光政策の一環としても十分にその機会を活かそうとしていることがわかりました。観光協会としても来秋に向けて準備をしたいと考えます。いつを予定しているの?
齊藤:来年11月28日を計画しています。
長澤:国際会議の開催は区内企業の経済活動にも影響すると思います。各国からの代表が集まり、豊島区が国際的に認知度が高くなることで企業誘致や留学生など企業にいろいろな形でメリットが生まれる好機になります。
東商としても大いに期待するところです。


オール豊島の自信につながる運動に


斉木:世界で214ある認証都市のうち(国内は現在3)豊島区のような多種多様な人が住む高密都市は珍しく、認証申請は素晴らしいことと世界会議でも期待の言葉をいだきました。 豊島に住む人みんなの自信につながる運動にしたいですね。

(2011.9月号 1面記事より)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平山知子さん

(伝統の池袋和服散歩の会会長、

 豊島区観光協会常任理事)


もっと私たちの街を知ってほしい

そんな気持で・・・

 

 私はレイフ会長さんに思い切って私たちの街は警察や区、商店街が安全を守ってくれていて安心である。私たちもこの街の良さを知ってもらうために活動をしていることを紹介しました。
 教会でのミサは荘厳で伝統の和服で参加したことは自分でも納得しました。私たちの懇親会場は気さくな会場でしたが、本会場には女性の笑顔外交でPRにまいりました。笑顔はどの国にも通用することが確信いたしました。いつも控えめな奥様方のいきいきとした姿が印象的でした。
 認証が楽しみですし、少しでもお役に立てられたのなら、嬉しいです。

(2011.9月号 1面記事より)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木崎禎一さん

(巣鴨地蔵通り商店街振興組合 青年部顧問)


商店街こそセレクトショップ

 

 巣鴨の商店街は今、成長期PART2の時代を迎えている。 

 「おばちゃんの原宿」と呼ばれる巣鴨だが、最近は少し前によくいらっしゃったお客様の娘さんたちが顔を見せてくれる。お客様もPART2の頃合なのだ。 

 商店街は専門店街でもある。各々の店の個性ある商品構成が店主の頑張りどころ、そして、お客様の趣きや特徴を知ったおもてなしが一番の腕の見せどころだと思っている。
 交通アクセスの向上もあってか、若いお客さんも増えてきた。おみやげを探す人も多く、商店街のイメージキャラクター「すがもん」の携帯ストラップやTシャツなど、オリジナルグッズも好評だ。
 今は、あらゆる世代に応える商店街にしていこうと、若手による(仮称)巣鴨ビジョン研究会を立ち上げ進行中である。

 (2011.9月号 1面記事より)

 


 8月12日、本紙の企画により高野之夫・豊島区長と久喜邦康・秩父市長の会談が実現した。(写真は右:久喜市長、左:高野区長)
 来年度に区政80周年を迎える豊島区、同時にそれは区制50周年を記念して締結した秩父市との姉妹都市30年目を迎えることになる。昨年11月には、池袋のシンボル的存在である「梟」と、秩父地域の観光拠点の一つ秩父神社の「北辰の梟」にちなみ「ふくろう協定」なる新たな友好都市協定を結んだ。
 両都市が今後、具体的にどのような官民レベルでの交流・連携事業を展開していくのか、その構想を語っていただいた。

 

高野区長(以下、高):5月の羊山公園では芝桜を見せていただいてありがとうございました。観光協会同士の交流でしたが、すっかりお世話になりました。
久喜市長(以下、久):今年は原発風評の影響で入山客が減って心配していたところ、豊島区の観光協会さんが積極的に応援に名乗り出ていただきました。感謝しています。
高:ところで今拝見しましたが、震災で庁舎が使用停止になっているのですね。どう対応されているのですか
久:庁舎が昭和37年竣工のもので、震災当日は下の階から上の階までかなりのガラスが割れました。応急危険度判定を行ったところ「要注意」となり、現在は庁内各課が5か所に分散しています。市議会は車で20分も離れてしまっています。
高:車で20分、5か所、それは大変ですね。本区現庁舎も同時期の竣工です。耐震補強をしていなかったら同じようになっていたかもしれないですね。私どもも耐震未補修の分庁舎は退去を余儀なくされました。
久:庁舎は建て替えか耐震かで議論していた最中の災害です。今は本庁舎等建設市民会議に諮問し、年内中には結論を出そうとしています。

 

今後の交流事業について


久:この30年で、スポーツや教育などの民間レベルでは根深く幅広い交流が定着していると思います。両都市はお互いの日常の生活環境は違いながらも太い根でつながっています。秩父のあるがままの自然、あるがままの生活を通して「異日常」の環境に接し、心と体を癒していただきたいと願っています。
高:商店街の交流も根付いてきていますよね。豊島区ではこの頃、各地域のまちづくりイベントが次々に行われています。農産物のブースもよく見かけています。
久:農産物の販路拡大には力を入れたいと思っています。最近は遊休農地が増えてきています。人不足もありますが、作って売れるとなればやる気が変わります。豊島区から畑ごと品種注文を受けて生産するような消費者との交流も期待するところです。
高:近くに畑を持たない都市の住民にとって信頼できる安心安全な食べ物の供給は最も願うところです。

 

久:こうした取り組みを含めて定住自立圏事業として「秩父地域おもてなし観光公社」の設立を目指しています。体験型観光商品など積極的な事業展開を図るためです。また、秩父地域には多様で多彩な地質・地形資源が至る所に点在しています。何万年前かの大昔に起きた地形を変化させる大地震の跡がそっくり残っているのです。そこで日本ジオパーク委員会に加盟申請をいたしました。近々加盟認定されると具体的な計画が大きく前進します。
高:サンシャインの水族館が大人気です。プラネタリウムもあるので、「海」と「空」との展示館は豊島区に、そして「大地」は秩父に行って見ようと、いいですね。
久:ちょうどジオパークは「大地の公園」という意味なんですよ。

 

高:西武レッドアロー号では池袋と秩父は1時間20分弱。新宿から箱根までの小田急ロマンスカー号より少し早く着くほどですね。池袋=秩父の観光乗客数を箱根に負けないほどにしたいものです。
久:山歩きも最近は世代を超えて人気復活ですから。そういえば日経新聞の「日本の宿坊ランキング」で一番と評価された大自然のなかで座禅体験のできる「太陽寺」も秩父のお寺です。若い女性にも大人気なんですよ。
高:9月には西武鉄道㈱、秩父市、飯能市、豊島区でサミットを行う予定があるようです。沿線の活性化に、私どもの各地域の特徴を出しあってより良い連携を組みましょう。

(2011.8月号 1面記事より)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蛯子真理央さん(画家)

 

「街の顔」


 現在私は池袋西口にアトリエを借り、そこを制作の拠点としています。ご存知のかたも多いと思いますが、かつて大正から昭和中期にかけて池袋西口、要町〜千川にかけては池袋モンパルナスと称され、画家たちがアトリエを求め多く集まっていた時期がありました。ふとしたきっかけで私も池袋にアトリエを借りることになり、10年ほど前にこちらに越してきました。
 ですが75年前に立教大学を描いた小熊秀雄とは違い、私は実際に地元池袋の風景などを自分の絵のモチーフとすることはほとんどありません。現在の制作スタイルは、おもにヨーロッパや北アフリカで取材してきた作品を池袋のアトリエで展開し、銀座の画廊で発表する、というものです。つい先日も日動画廊で「オン・ザ・ロード」と題し、パリやモロッコのなにげない路上の情景や市井の人びとをテーマとした個展を開きました。
 それでは画家にとって住み慣れた地元の風景はどうなのでしょうか。私は最近、池袋の街頭にも絵の題材としての魅力は少なくないと思うようになってきました。
 特にそのように感じるのは、たとえば個展の直前、制作の追い込みで絵の具や溶き油が足りなくなり、自転車でパルコの世界堂まで買いに走るときのこと。直前まで描いていますから頭の中が制作モードになっており、そんなときにふと西口の繁華街などを通り過ぎると、視界に入るものが絵画的に映ることがあります。ロマンス通りに行き交う人びとの多様なシルエット、けばけばしいネオンや看板は文字通り極彩色です。裏通りの壁やドアには落書きが描かれ、雑居ビルの裏壁にはエアコンの室外機がまるで現代アートの立体作品のように密集しています。ビルの隙間からは紫色に染まった夕空が顔をのぞかせており、それらは様々なものが混然一体となった、まさに池袋らしい光景です。
 普段はなにげない地元の風景も、視点を変えるとそこにはいつもとは違って見える街の顔があります。それを形にし、近いうちに池袋をテーマにした作品も発表してみたいと思う今日この頃です。

(2011.7月号 投稿より)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

城所信英さん

(南大塚ネットワーク 有限会社キドコロ代表)


「ヒューマンサイズの街」大塚だからこそ

 

 『大塚は山手線のなかで一番ゆっくり時間が流れている』と言った人がいます。都心のビジネス街やお隣の池袋などから戻ってくると、なんだかホッとするような、温かみを感じるのです。きっと空間も時間もヒューマンサイズの街なのだと思います。
 このたびJR大塚駅南口の巨大な駅ビル建設が正式に発表されました。駅から半径500m内の全ての町会・商店会で構成される「大塚駅周辺を考える会」(荻村和一郎会長)と豊島区がそれを見据え、数年前から協働して取り組んで来たプロジェクトがあります。「地下駐輪場建設」と「地上広場の再整備」です。特に南口駅前は歩行者広場とし、駅前に「桜の森」をつくろうという構想をもって既に関係各機関との調整に入っています。
 他駅のように駅前道路が通過交通の多い幹線路ではなく、広いけれどもノンビリしているというのが大塚の特徴です。さらに街の人々が行政と協働して積極的に自分たちの街を育てていこうという「大塚スキーム」がこの街には根付いています。
 春は桜の中に降りたち、夏は緑陰天井でクールダウン、秋は黄葉と落葉。花びら・ガク・落葉の清掃、樹木管理等のメンテナンスは、バラ植栽による花の街づくりで高い評価を得ている「南大塚都電沿線協議会」等を発展させ、基本的に地域住民・駅利用者が中心となって行うつもりです。地域の子供たちと一緒に約20年かけて桜を大木にしていくのです。駅前に森を作ることは環境配慮のシンボルであると同時に、地域の結束や街・駅への愛着と誇りを深め、犯罪抑止効果も生み出すでしょう。高架を走る電車内から一瞬のお花見が楽しめ、森は阿波おどりや音楽祭やよさこいのイベント広場にも活用できます。
 池袋LRTが大塚延伸した時、バラの坂道から桜の森にカッコいい軽快電車が滑り込んで来る…想像するだけでなんと素晴らしい光景でしょう。もし実現すれば区役所新庁舎へのアクセスとして、交通弱者にもっとも優しいものとなるに違いありません。
 ヒューマンサイズの街のヒトと環境に優しい取り組みにご期待ください。

(2011.7月号 投稿より)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

髙村光朗さん

(高村紙業株式会社 常務取締役)

 

『至誠天に通ず』

 

 日本の童謡「まちぽうけ」の元になった「守株」。中国の韓非子の話である。

 農夫が農作業をしていると、走ってきた兎が木の株に衝突して死んでしまう。なんの努力もせずに兎一羽を手にした農夫は喜び、その後は農作物を一切作らず、毎日毎日、木の株を見守って過ごす。そのうち土地も荒れ、誰も見向きもしない土地になってしまう。
 スガモプリズンは、昭和53年サンシャインシティーに生まれ変わる。西武鉄道の創業者である衆議院議長堤康次郎氏は、池袋地区区画整理に伴い常任顧問弁護士中嶋忠三郎氏とともに地袋の近代的開発計画の検討を始めた。東武鉄道社長、根津嘉一郎氏所有の広大な根津山を西武鉄道が開発することを機に、堤康次郎氏は「池袋地区の開発には巣鴨拘置所の移転が必要」という方針を決め動き出す。法務省出身の中嶋忠三郎氏は大津刑務所の例に倣ってこれに尽力。さまざまな経緯の中、巣鴨拘置所は西武一社とせず多くの会社とともに払い下げることとし、池袋副都心の鍵となるサンシャインシティー開発に繋がる。その後、池袋にこれを越える開発は無い。
 今、日本には周知の課題がある。「少子高齢化」と「人口減少」そして「地球環境破壊」である。年齢構成の変化は、経済市場、社会制度、公共サービスなど全般にわたって影響が出てくることは異論を挟む余地も無い。さらに東日本大震災では、原発の危うさを世界に見せつけ、地球規模でエネルギー政策の変革が叫ばれている。
 そのなか、私たちのまちでは機が熟した。人に優しい交通への転換である。私たちは、まちの将来像と次の時代を担う子どもたちに対して真摯な気持ちで総合的な判断をしなければならない。目の前の便利さや採算性、自己保全のための近視眼的な考えの殻を破らなければならない。

 副都心交通戦略の実行は、将来の豊島人に贈る財産と考えて取り組んでいくべきである。『至誠天に通ず』事を信じて。

(2011.6月号 投稿より)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

柳田好史さん

(としまNPO推進協議会 代表理事)

 

コミュニティビジネス(CB)で身近な再発見を

 

 CB(コミュニティ・ビジネス)という言葉は聞きなれない方が多いかもしれない。
 NPO活動や社会貢献活動の分野でよく用いられる言葉であり、その意味は「市民が主体となり、諸々の地域課題をビジネスの手法を用いて解決し、豊かで安心できる地域社会を継続的に構築していく仕組みづくり」と解されている。
 この耳新しいCB事業の立上げや中間支援にチャレンジしているのが、我ら「としまNPO推進協議会」である。
 具体的に取り組むCB事業の一つ「地域サロン・みんなのえんがわ池袋」は、池袋三丁目の仲通り商店会に位置し、平成19年10月に区の「空き店舗対策支援事業」を受けて開設、既に3年間の賃料の資金助成は平成22年10月末で終了したが、終了後も自主財源をもとに継続運営している。
 全国的にも数少ない空き店舗の有効活用の例となっていると同時に、地域のコミュニティサロンとしても注目され、全国の大学やコミュニティ・カフェ関係者らが現地視察に訪れている。
 毎月第2日曜に開催される好評の「えんがわ市&リサイクル・フリーマーケット」は、毎回、商店会や地域の方々がスタッフやフリマの出店者と楽しく会話をしながらお買い物を楽しみ、地域の交流の場になる。
 また、「幼児向け英会話教室」や「キッズアート」、小学生と一緒に自然・農業体験を行う「えんがわ自然クラブ」のほかシニア向けの俳句教室や外国人向けの日本語教室、夜は中高生向け学習塾と、年代を超えた学習拠点としても利用されている。
 こうした地域サロンの運営はえんがわを利用しているNPOのメンバーのつながりがあればこその思いがけない企画案や人の出会いが支えている。
 CBは、地域の人材やノウハウ、施設、資金を活用することにより、地域における新たな創業や雇用の創出、働きがい、生きがいを生み出すもの。
 それは今までにあった身近なものの大切さに気づくことなのだ。自分のまわりに素晴らしい友人とまちがあることを感じ、何かができると信じられたときCBのまちづくりはもう始まっている。

(2011.5月号 投稿より)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

富澤弘治さん(エニータイムとみざわ代表)

 

これからのまち コンパクトシティへの責任!

 

 3月11日の東日本大震災、被災者の方々に心よりお見舞い申し上げます。  

 今回の震災は突然発生した大地震にとどまらず、福島第一原発の六つの原子炉が被害を受け、冷却用の電力を失った。原子力の暴走は私たちの生活と意識に大きな変化を投げかけることになった。今後はこうした中でのまちづくりの考えが求められることになる。
 池袋東口では9月から新庁舎工事に着工することになっている。今後新庁舎のA地区開発だけでなくB、C地区開発も構想されている。東池袋4丁目再開発がすでに完成し、さらに造幣局土地の開発や環5の1道路、都電荒川線沿いの新道(補助81号線)も予定され、そうなると沿道の再開発も期待されるだろう。 将来この地域は東地袋1・3・4丁目と南池袋1・2丁目がひとつの面となり、東京ドーム20個分あるいは東京ディズ二ーランドの約2倍に相当する大きな商業地区になると見込まれるという。
 地袋の再開発はこれまで都心の各地区に対して遅れており、昭和53年のサンシャインシティ以来は目立ったものがなかった。私たちの世代が20歳になった頃からである。しかし、残り物には福があるといっていいのかどうか、巨大な池袋駅とサンシャインシティとこの新区庁舎区域のトライアングルゾーンはその周囲に住宅地を配し、「密度の高さ、多様さ、ヒューマンスケール、独自性、そして環境」を命題にする世界に誇る理想的なコンパクトシティとして生まれ変わる可能性が大きくなった。
 海抜20メートル、30メートルの東京地図を見ると、豊島区の池袋周辺はぽっかりと周囲から浮き出て見える。たとえ大きな地震や津波が来ても、もともと地盤も固く、東京の中では有数の自然災害に対する安心安全なまちだといえる。あとは人の手によるまちづくりの力である。ここに世界最先端のモデルとなるようなコンパクトシティを作ってゆくことは、我々世代の未来に対する責任であろう。
 そのような街に住んでいることを幸せに思うべきだと感じている。

(2011.5月号 投稿より)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

石森宏さん(NPOゼファー池袋まちづくり理事長)

 

大震災の中、モザイカルチャー「えんちゃん」の誕生

 

 3月24日、池袋駅前西口広場に緑の植物でできたフクロウ「えんちゃん」家族の像が設置された。本来は「緑のカーテン東京フォーラムin池袋」の発表会と並行して除幕式をする予定だったが、震災の影響で中止となり、設置当日の朝に、極々簡素なオープニング式典を行って、お披露目となった。
 それでも私は「すごく嬉しかった」
 モザイカルチャー「えんちゃん」の思いは具現化した。これは植物だから人の手を掛けねばならない。そしてその思いはどんどん大きく成長させていくのである。「えんちゃん」人生ははこれからが始まりになる。
 えんちゃん家族のお父さんはみんなの「いのち」の森を作るための植樹をしている姿。右手で若木を掴んで未来を見つめている。(西口出口方面に向いている)「池袋ふくろう物語」を読み聞かせているのは賢く愛情深いお母さん。ふくろうは智恵の象徴であり、森の守り神。えんちゃんは5歳のやんちゃな男の子。何でも知りたがり、都会の不思議に遭遇していく。足はハートの形になっていつも花を抱えている。彼はこれからどんな人生を歩み、何を考え、どんな体験をしていくのか、池袋、豊島区の多くの方の手に委ねられ、成長していく。そして、人と人、人とまち、地域と地域の様々なつながりの中で、新たな息吹を醸し出す役割を担う。
 フクロウは本来森にしか住めない。そのフクロウが池袋の都会に住んでも息苦しくならないような環境に優しいまちになってほしいとの願いを持っている。それにはもっともっとまちに緑が増えてほしいし、みんなで真剣に環境にいいことをすれば、みんながつながって幸せになると考えている。
 近々、脇の植栽桝にもミニチュアの触れるえんちゃん兄弟も登場する。手で優しくなでて触れると幸運が訪れるだろう。
 5月22日から、今年で3回目になる「グリーンとしま」再生プロジェクトがはじまる。
南長崎はらっぱ公園をスタートに、今年は8800本の植樹をする。皆さまもご参加をお願いしたい。

(2011.4月号 投稿より)